MetLog

ぼくの大切なネットの友達

公開の場で個人的な相談をすること

「ネットではなく身近な人に相談しましょう」言説

「身近な人に相談しましょう」
「知らない人にまで見せる必要はない」

んなこたぁない。個人的な相談こそネットが最適。


ネットでの関係というのは、一つにはプレイヤーとオーディエンス、という関係があるでしょう。ですが私のネットでの交友や意識する想定読者はどちらでもなく、友達に近いものです。コメントをくださったりこちらが書いたり、メールを戴いたりチャットをしたりするネットで知り合った「友人」のほとんどは、実際に会ったことがあったり、無くても(一定以上)信頼できると思える人ばかりです。そういう関係も、ネットでは特別なものではなく、ごくごく平凡な関係であろうかとは思います。

そういうネットの「友人関係」というのは、リアルの親しい友人とも、わりと距離のある程度の関係とも、また違う関係だなぁと思うことがあります。「親密」「疎遠」の線分上にある、という意味ではなく、そのどちらとも違う、別の位置にあるんです。


個人的な、自分のことを相談するのは身近な人がいいんでしょうかね。むしろ逆に言いにくかったりしませんか。相手に荷を負わせたくない、とブレーキがかかったり、あるいは、果てしなく深く重い話になってしまって自分が辛くなったり。親しい友人だからこそ、あまり弱みを晒したくないなんてこともあるかもしれません。親しいからこそ言えないこともあります。

そういう個人的な相談、たとえば私がどうにも本当に困ったことやとにかく聞いて欲しい愚痴や悩みを打ち明けやすいのは、身内だったりリアルで親しい友人ではなくネットの友人だったりします。

「実は余命宣告されて、俺の命ってばあと1、2年なんだよねー」とか「会社クビになっちゃってさ…」とか「妻が死んでこれからどうしていいのか…」とか、むしろ親しい人には言えません。心配かけちゃいけないとか、悩みを単に放射して巻き込むのもどうかとか、そう思います。

そんな時私はきっと、ネットでの友人たちに言ってしまうことでしょう。「聞いてよ、大変だったんだから」みたいなことを言いやすい。さえぎられることも無く言いたいだけいえる。文章化されない、クッションの無い手厳しい反論も憐憫の表情もないのもありがたい。そして相手も、誠実に受け止めてくれつつ、やはりそこには約束された距離があるから、重い話もそれほどの負担にはならないし、いつでも脱出可能な背後の担保がある。イヤならそこで読むのを止めればいいのですから。

というわけで、距離のあるネットの友人には、親しい友人にすら言えないようなことも、言えてしまえて助かる面もあるんです。ていうか救われたこともあります。本当に感謝してます。

とはいっても、私自身は不特定多数に向けてはなかなか踏み込んで言えません。そういう話はSNSやメールやチャットで交わす程度ではありますが、不特定多数に向けてそういうことを言う人の気持ちもワカランではないです。

私的な関連:

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