MetLog

「強制しない」を強制する人を矯正してほしい

卒業式のシーズンらしく、式での「日の丸」「君が代」問題がまたマスコミに。ヒマだなぁ。


教員むしばむ『君が代神経症』

『強制の怖さ気付いて』


「日の丸」「君が代」問題は私が子供の頃からあった問題で、少なくとも30年は繰り返しているわけです。しかし当時は「日の丸は赤が天皇で白が国民、天皇中心の世界をあらわしてるからダメ」「君が代の”君”というのは天皇で、天皇礼賛だからダメ」「日の丸は(君が代は)正式に国旗(国歌)として定められてるわけではない、だから拒否していい」「卒業式で君が代日の丸を強制するのは右傾化、みんなを戦争に導こうとしている、だからダメ」…云々ということを、少しばかり赤味がかった先生ならば生徒に説いてましたね。

ところが今は、そうではないらしい。

強制がダメなんだそうだ。え?

そもそも卒業式に限らず式というのは強制です。揃って立って礼して。勉強だって強制です。例えばここに数学的才能の優れた子がいて、もっと勉強したくとも社会や国語や英語の勉強もしないといけない。その間数学を勉強しちゃいけない。あるいは、みんなが1時間かけて勉強するところを30分で済む子がいても、残り30分遊んでていいか(あるいは先を勉強していいか)というとそうではなく一緒に付き合わないといけない。もっと理不尽な強制もあります。ていうか、社会に出れば理不尽な強制だらけですよ。

会社員になれば会社の業務をつつがなく進めればいいかというとそうではなく、決まった時間にこなければならず服装も定められ、髪の色から髭の伸び方まで制限され、場合によっては体操までやらされたり。体操はいいのですがあのラジオ体操ってヤツはどうして強制感たっぷりなんでしょう。イントロでイヤになります。研修などで年に数度しかやらない私でも、とても馴染めませんね。

子供にそういう理不尽な強制がないかといえばそんなことはない。

そういえば、中学生の頃でしょうか、そういう理不尽に立ち向かう勇者が私の学校にいました。詰襟制服の学校だったのですが、生徒総会で先生たちに向かって「ボタンダウンのシャツを認めろ」という論を展開したのです。(かなり小さい闘いだ!)長い議論で、彼は決して負けてなく、むしろ堂々と並み居る教師を論破し、理と利は彼の手にある、と誰もが思いましたが、

「それでもダメなものはダメ」

みたいなことになって、結局彼の言い分は通りませんでした。「世の中には避けられない、どうしようもない強制がある」ってことを僕らに教えようとしてくれたのだとはこれっぽっちも思いませんが、学校といえども大人社会のフレームで組み立てられているんだなぁと子供心に思いましたよ。

似たような制服論議はいろんなところであったように思います。極端にいくと「私服を認めよ」レベルから部分的容認まで。時には学生の言い分がある程度認められることもあるようでした。

はてなの社長近藤淳也氏も「制服、いらないじゃん?」というところから「クラブ活動用のジャージでの登下校も認める」というところにもっていってます。これは立派。土地風土個性運不運にもよるのでしょうが、たいしたものだと思います。非凡な才能の目はすでにあったと言ってもいいのかもしれません。

CNET Japan Blog - 近藤淳也の新ネットコミュニティ論:世の中はでたらめな仕組みで動いている

で。

学生自身が、では式で日の丸君が代を反対しているんでしょうか?生徒総会で自発的な意思から闘ってる学生なんて、ちょっといないですね。むしろ、自分の卒業式は卒業式らしい卒業式であってほしいと望んでいるのではないでしょうか。型にはまった儀式、送辞、涙、別れ。日の丸君が代を、むしろ望んでいたように思います。で、それくらいのことで右傾化したり天皇を礼賛したりするんでしょうか。そういう強制って問題になるんでしょうか。

というより日の丸君が代を止めて欲しいと感じ、考えてるのは誰なんでしょうか。先生ですよね。

子供をダシにして自分のイデオロギーを主張し代理戦争をしているんじゃないですかね。先生方は。

サヨク先生はそろそろクダラナイことを止めて卒業式のベトナム化は終わらせてください。(話の内容に沿って古臭く締めてみました)

コメント (33)

KAA:

刑事事件にするのはさすがにやりすぎかも知れませんね
単に首を切れば良いだけだと思います.


それよりも精神症の教師の免許を停止できない
ものですかねぇ

そんな変な先生に当たった子供達がかわいそうです.

こういう活動は昔っからですからねぇ。

イデオロギーを前面に出さずにいくことにしたんでしょうかね。変わったやり方です。

k:

強制があることの伝達は教育。これはいいとして、
じゃあ、イデオロギーの伝達は教育ではないと?
あるがままを考えずに受取ることは良くないと伝えることが教育ではないと?

言ってることが表面的すぎます。

>じゃあ、イデオロギーの伝達は教育ではないと?

じゃあ、「勝手なイデオロギーを持ち込むな」というイデオロギーを持ち込むことには何の問題も無いわけですよね?

> あるがままを考えずに受取ることは良くないと伝えることが教育ではないと?

そうは、思いません。でも、そう主張するのは「日の丸」「君が代」に偏向してますよね。他にも機会はあるはずです。

> 言ってることが表面的すぎます。

ご立派なご批判ですね。でも批判もまた表面的すぎます。なんでしたら、長文コメントでも構いませんよ。

そもそも、卒業式に「教育」もないもんだと思うんですけどね(笑

「教育」(=子供のため)を持ち出して自分の教義を正当化することそのものが卑劣だよね。

k:

別に今の教師が完璧だとは言ってません。だからひょっとすると「子供をダシ」にしているというのは事実かもしれません。けれど、それは悪だと決めつける貴方の姿勢はおかしいと言っているだけです。
イデオロギーを持ち込む持ち込まないにしても、常識を疑うことにしてもそうですが、例え偏向していようがなんだろうが機会があることは良いことなんじゃないですか?

ちなみに、日本において「勝手なイデオロギーを持ち込むな」は憲法に抵触するんじゃないですか? そう言う意味では教師達だって無条件に国旗や国家を否定するのはおかしいという突っ込みはアリで、議論の余地を残すべきだとか選択の自由があるべきだが正しい考え方ですが、某教育委員会などのやり方はあまりにも酷いです。なので、過剰反応しているという部分はあるかもしれません。


> 「教育」(=子供のため)を持ち出して自分の教義を正当化することそのものが卑劣だよね。

そっくりそのまま貴方におかえし可能だと思いますがね…

> 別に今の教師が完璧だとは言ってません。

いや、もともと全然そんなこと言ってませんから。そんな話してませんから。

> だからひょっとすると「子供をダシ」にしているというのは事実かもしれません。けれど、それは悪だと決めつける貴方の姿勢はおかしいと言っているだけです。

悪だと決め付けるってアナタ…まぁ善だとは言ってませんが。とりあえず、子供をダシにしている、という点はOKということで、よろしいですね。

あと、決め付ける人には何を言っても無駄ですよ。議論になりませんから。本当は決め付けてないと思ってるから書いて下さってると解釈しておきましょう。

> イデオロギーを持ち込む持ち込まないにしても、常識を疑うことにしてもそうですが、例え偏向していようがなんだろうが機会があることは良いことなんじゃないですか?

ええと、それが卒業式であることは、適当な機会である、ということでしょうか。そこがおかしいでしょ?

> ちなみに、日本において「勝手なイデオロギーを持ち込むな」は憲法に抵触するんじゃないですか?そう言う意味では教師達だって無条件に国旗や国家を否定するのはおかしいという突っ込みはアリで、議論の余地を残すべきだとか選択の自由があるべきだが正しい考え方ですが、某教育委員会などのやり方はあまりにも酷いです。なので、過剰反応しているという部分はあるかもしれません。

横道にそれましたね。イデオロギーはとりあえず本題ではないので避けたいのですが、どのような思想も子供に吹聴するのは自由だというのは憲法のどのへんに書いてありますか?

# 何も教師のイデオロギーにまで立ち入る気は無いし、それに対する処分がどうのこうのという話には興味がありませんが、その処分が重いという話には同情します。個人で特異なイデオロギーをもつ教員の方には、それなりに認められればいいとは願っております。状況によって生徒からの反発が特に強い場合も、個別の対応ができればいいですね、と思います。が、あまりにおとなげない態度がほとんどではないですか。強制するのがイヤだからと言ってみたり、ビラを配るようなことは、個人のイデオロギーの問題ではありませんよ。

式典である以上多少イヤなことも揃えなければ式にならない、というところはどうなんでしょうか。熱射病で倒れる朝礼を容認しながら、回れ右、全体止まれ、と運動会では強制を容認しておきながら、日々の強制はOKとしておきながら、日の丸君が代となると目の色を変える。「教育なのだ」と。取ってつけた感じですよね。

それにしてもイキナリ憲法とは、大きくでましたね。まるで小学生と話をしてるようです。

>> 「教育」(=子供のため)を持ち出して自分の教義を正当化することそのものが卑劣だよね。
> そっくりそのまま貴方におかえし可能だと思いますがね…

あなたには、御自分の子供がいらっしゃいますか?子供の教育は全て教師が見ていると思ってませんか?たった一年二年、そのうち学校に行く日は半分くらいですか?そして一日のうち長くても何時間かを見てるだけで、しかもその最後の日にどんな教育を施したいのか。世の親が、子が、教師が日の丸を否定し君が代を歌わずビラを配ったり幼稚な強制反対を唱えたりする卒業式を望んでると思いますか?いい思い出になりますか?(ネタにはなるでしょうが)

誰が子供をダシにするもなにも、少しは子供のことを考えてみてくださいよ。一生に一度の大切な日だと分かってますか?それを圧して何故わざわざ卒業式なんでしょう。何をさせたいのか。

百歩譲ってどんなイデオロギーを植え付けたいにしても、わざわざ卒業式でなくていい。それまでにやればいい。それに、今から卒業していく子に、「教育の機会」?それって本気で教育しようとか考えたうえで、そのタイミングですか?もしかしたらもう二度と会わないかもしれない最後の日に「常識を疑う機会を与えている」?「強制があることの伝達は教育」?「イデオロギーの伝達は教育」?「あるがままを考えずに受取ることは良くないと伝えることが教育」?

親御さんにも、子供らにとっても大切な日を踏みにじってまでやる大事なことって何ですか?本当にその日でないとダメなの?日の丸君が代をわざわざ騒ぎ立てるその理念って何でしょう?教えてください。どんな意味があるんですか?立って歌う程度のことを止めたからといって。卒業式にくだらないことを騒ぎ立てるその教育的意義ってどんなものなんでしょう?まさか「常識を疑うため」「イデオロギーの伝達(教育として)」「あるがまま(略)」とか言いませんよね。是非、この無知な私めにご教示戴けないでしょうか。

ほとんどは教師のエゴでしょ。そういう先生に教わるくらいなら転校させますよ。

k:

単なる感情論もしくは親のエゴにしか聞こえません。

卒業式だろうがなんだろうが、学生である以上学習の機会は重要でしょう。しかも、議論は卒業式当日というより、事前にされるのが正しい姿で、生徒達に卒業式はどうあるべきかを考えさせるということに全く問題を感じませんけど?

憲法云々は、貴方がある種のイデオロギーを持ち込むなと書いたので、それがどのような考えであれ、締め出しというのは正しい考え方ではないという意味で書いてます。
「どのような思想も子供に吹聴するのは自由」なのではなくて、国や教育委員会の言ってること以外にも様々な考え方があるという事実を理解するということが重要だと言ってるんです。今の教師のやり方に問題があると貴方が主張されているように見えたので、教師は完璧ではないかもしれないと書いてます。本質は教師のやり方ではなく、国や教育委員会の押しつけこそが問題だという部分なんじゃないですか?それに反対するのは市民として当然の行為であると生徒に見せるのは十分意味があると思いますがね。

子供の教育は全部教師が見ているなんて誰が言ったんですか?
そんなこと言った記憶は全くありません。しかし、だからといって勉強以外は手を出さなくて良いという結論にはならいでしょう。だったら、卒業式という行事を教育の機会に使ったところでなんの問題も無いです。

人のことを小学生扱いする前にちゃんと文章を読んでくださいよ。

k:

追記
イデオロギーの伝達、思想、情操の形成という重要な教育を踏みにじってまで卒業式の現状を維持しなければならない大切な事ってなんですか?どんな意味があるんですか?卒業式なんてくだらないことにこだわるなら、正しい教育をした方が子供達の将来によほど重要なんなんじゃないですか?まさか「感動」「思い出」なんていいませんよね。是非、この無知な私めにご教示戴けないでしょうか。

貴方の子供は是非、国粋主義の学校にでも転校させてください。

KAA:

イデオロギーと言うのは人間集団内の価値観/世界観の事だと思います.

学校と言うところは知識もさることながら社会集団内でのルールや
経験則を学ぶ場所だと言う事は皆が認めている事柄でしょう.


そういう意味では学生は卒業式の様な学校の行事から

 ・組織や集団には固有のセレモニー(儀式)の様なものがある.
 ・セレモニーは参加者の共同作業的な面を持ち個人の自由はある程度制限される.
 ・組織に属している以上その様なセレモニーに参加する義務がある.
 ・セレモニーには一見無意味な物もあるが実害が無い限りあえてそれを壊すメリットも無い.
 
といった社会生活上のノウハウを学ぶ事を期待されています.

今回のこの先生の様な周囲とコンセンサスを取らずに暴走的なスタンドプレー
をする人間は組織内で無用の摩擦を生じさせ結局は組織から排除されます.

あんまり上手い生き方ではないですね.

そういう意味ではこの先生は社会的な制裁を受け学校から去ることにより
反面教師として生徒に生きる知恵を与える事になるかもしれません.


kさんも社会人になれば嫌でも経験する事でしょうが事前の議論や
自己主張は良いのですが実際に行動する際にふらふら自分勝手な事を
する人間は本当に始末に負えません.

組織を動かすためには我を殺す事も学ばねばならないのです.

もちろん組織に属さず一匹狼として生きるなら周りに迷惑をかけない
範囲で好き勝手な事をしても全然OKなんですけどね.

> kさん

書き込みありがとうございます。返信は安易にならぬよう考えてますが、もうしばらくお待ちください。今夜あたりにもお返事が書ければよいと思うのですが。

> KAAさん

> もちろん組織に属さず一匹狼として生きるなら周りに迷惑をかけない
> 範囲で好き勝手な事をしても全然OKなんですけどね.

組織でないフリーな職業ほど、却ってしがらみや制約が増えるという罠、もありますね(苦笑
(このへんは業種によるのかもしれません)

k:

何か勘違いをされているようですが、僕は既に社会人だし、しかもすでに若手といえる歳でもありません。そういう貴方は一体幾つの会社をご存じなんですか?

貴方の言っている長いものには巻かれろ的発想は、確かに処世術の一つかもしれませんが、官僚的、大企業的な呪縛に捕われ過ぎていると感じます。中小零細や外資、また独立までもを考えれば、社会がそんな考えばかりで成り立っている訳ではないと気が付くでしょう。

それに、社会生活の中で自分を殺す必要がある場合があると言ってしまえば聞こえは良いでしょうが、仮にも民主主義国の市民として、それを再優先にされては困ります。ましてや、学生の内から自分の考えや、相手の考えを知り、理解するより優先されるなどとはとても思えません。例えセレモニーは言われた通り無難に行うべきだが結論であったとしても、その意味をきちんと理解することが重要です。これをしない人間は単なる奴隷でしかありません。

子供に一番教えなければならないのは、むやみやたらな服従ではなく、何が大事なのか、何は譲れて何は譲れないのかを考え、理解する手法のはずです。これは人間の根底を形成する重要な要件です。これを処世術程度と同じ次元にしないでください。

L:

社旗を掲揚し社歌を斉唱する。 そのような社則がある。
「そんな会社イヤだ」
そう思うのであれば社員にならなければ良い。
( 学校を選べる子供(親)は少ない、と言う論点はあるかもしれませんが)

教師が生徒に(特定の)価値観を強制している、と見る親もいます。
定まったルールが守られなければ民主主義(社会)の根幹は崩壊します。
(石原氏を知事としたのは東京都民の意思である筈)

日の丸・君が代に反対するなら教員として禄を食むべきではないでしょう。
神を否定し中絶を是と説くならカトリックの司祭でいるべきでないように

> k さんへ

言いたいことはいろいろとあるのですが、最近多少寝不足で充分に書ける余裕がなく(ていうか頭が働かないのね)今日は何も返事ができずにすみません。

ですが、一つだけ。

私へは構いませんが、きちんと書いて下さってるほかの方に対してあんまり失礼な言い方はしないようにしてくださいね。それが出来ないようでは、たとえ何歳であっても子供扱いされても仕方ないですよ。

k:

> 日の丸・君が代に反対するなら教員として禄を食むべきではないでしょう。
> 神を否定し中絶を是と説くならカトリックの司祭でいるべきでないように

観点が教員の意図に限定されるならその通りでしょう。ですが、僕はそんなことは言っていません。それに例え、正規の手続きで決まった都知事の元にある委員会であっても、間違った時には間違っているということは、民主制を健全に保つのに必要です。
その程度で根幹が崩壊するなら崩壊した方がいいでしょう。

> 私へは構いませんが、きちんと書いて下さってるほかの方に対してあんまり失礼な言い方はしないようにしてくださいね。それが出来ないようでは、たとえ何歳であっても子供扱いされても仕方ないですよ。

残念ながら相手にあわせているだけですので、問題無いと判断しています。もし、相手が「きちんと」書いているなら、そういう対応をするでしょう。

KAA:

> k さんへ

初々しい書き込みだったのでつい学生さんかなと勘違いしてしまいました.
どうも申し訳ありません.


個人としての自由と組織員としての義務の両立は
なかなか難しいですよね.

中国みたいに個人の人権を徹底的に否定される様な世の中はまっぴら御免ですし
かといって原始時代の様な無政府状態でも困るわけです.

これはどちらかが絶対正しいと言う問題ではなくバランスを取りつつ考えてゆく
問題だと思いますがどうでしょうか?


個人的には自分の我をあくまでも主張する事をよしとする大陸的グローバリズムよりも
左右の人間の顔を立てつつさりげなく自分の言い分を滑り込ませる日本的根回し術の方
が競争によるリソースの浪費を抑える事が出来ると言う点で資源の枯渇が心配される
これからの世界情勢にマッチするのでは無いかなと考えています.


あとこれから社会に出てゆく高校生や大学生には

 周囲の空気を読める人間であれ.
 したたかな人間であれ.
 
と思います.


> metro さんへ

>> 組織でないフリーな職業ほど、却ってしがらみや制約が増えるという罠、もありますね(苦笑
>>(このへんは業種によるのかもしれません)


いやー全くその通りです

フリーでやっている時には実務的な仕事とは別に営業的な事をしなくちゃならないのですが
これがまためんどくさいですよね.

フリーランスは立場が弱いのです...

k:

>これはどちらかが絶対正しいと言う問題ではなくバランスを取りつつ考えてゆく問題だと思いますがどうでしょうか?

僕が言っているのは、白黒の二択でもバランスでもないのです。結果としてどちらに転ぶか、また中間のどこかになるかはあまり問題にはしていません。その点を理解していただきたいのです。

勿論僕個人としては想いがありますが、ここで言いたいのはそれではなく、どうしてそれが望ましいのかをきちんと生徒達が理解する必要がある。もしくは理解する能力を身につけさせる必要がある。ということなのです。ただ、何となく感覚で中庸とか無難が良いからというのは望ましいことではないだろう。と言うのが主旨です。

自分が譲れる線引きというのは、個々人で異なります。それをお互いが理解し落し処を見つける。これが正しい形の根回しというものなんじゃないでしょうか?一方的にしかも見えない部分から、権力を持った者が特定の形式を押しつけるという方法はどのような点からも望ましいとは思えません。

そういう意味では、あらゆる行事について卒業式と同様の措置が取られるのが望ましいと言えばそれはその通りです。しかし、他の行事でやっていないのだから卒業式だってやる必要は無いというのは、問題の上塗りですし、国旗、国家を特に問題にするのは、それが思想や信条、政治思想に結びつく可能性があるという点もあります。杞憂だと言うのは簡単ですが、子供達にどのような影響を与えるかは未知数です。また、教育そのものを権力から守るという意味でも教師達の行動は評価できます。

そういう部分を考えずに、「大切な卒業式をそつなくこなしたいから」とか「組織に従うことを体に覚えさせるために」という理由で、無条件の服従を支持するというのには賛成できないと思っています。

精神症の先生が変な先生という書き込みが1番目にありましたが、かなり不快に感じます。精神病にかかるということは誰にも可能性があり、「変」ではないのです。精神病にかかって休職している先生は働いていないかも知れませんが、社会保障でその間の給料が保障されるのも、サラリーマンなんかとそう大差はないのでは。

KAA:

>>精神症の先生が変な先生という書き込みが1番目にありましたが

本人が望んで精神症にかかるわけではないですよね
確かに不適切な発言でした.

>kさん おまたせしました。なかなか書くタイミングがなくてすみせん。最初に一言。このコメントに登場くださってありがとうございました。私も大変勉強になりましたし、kさんも勉強になったことでしょう。

さて返事が遅れた理由の一つなのですが、書くにあたり、ツッコミどころが多すぎて何から書いていいものやら困り果てていました。そもそも真面目に答えるべきかどうかも迷ったこともありました。で、今回は、いくつか大きく誤解されてる点だけを指摘しておくことで返信とさせていただきます。

>Lさんへ、kさんへ

私が手をつけられずにいるとき、Lさんは端的に短くも核心を突いた発言をされ、感心するとともに書き込みに感謝しました。が、kさんには全く伝わらなかったようで、可笑しいやらガックリくるやら…まぁそんなところでしょうね。

あのですねkさん。もし仮に、私の子供が通う学校から「今年から卒業式で国歌斉唱はしなくなりました」と私metroへ連絡が来た場合、私が「国歌斉唱をすべきだ」と主張すると思ってませんか?Lさんはきっとそうは予想しませんよね。もちろん私は「ふーん」と言うだけだし、それに対して反対なぞしません。また、先に書いた通り「違う考えを教えることは別にいい」と思ってます。よく読み返してください。「ちゃんと文章を読んでくださいよ」なんて噛み付くのは結構ですが、せめて何度も同じことを書かせないでくださいよ。「違う考え」を教えることは、別に構いません。反対活動もしたければやればいい。悪いことじゃないし、憲法にも保証もされているのでしょう。

ですが、運動も空しく「国歌斉唱は一緒にする」と決まったからには、それくらいのことは従ってくださいよ。(特殊な理由がある場合は別、でいいと思いますけども)生きるか死ぬかの大事ではなし。

意見は自由。でも決まったら従う。それが民主主義ですよ。自分が投票した議員が通らなくとも、当選した議員が議員活動を行う。自分が(正しいかどうかにかかわらず)少数派に回ってしまうこともあるでしょう。だからといって、正しい(と信じている)からといって、テロをやっていいということではない。それが民主主義社会のルールです。決まったことは守る。それすら分からず出来もせず、引っ掻き回す人間に、卒業式で何が教えられますか。教師が率先してテロ活動をしてどうするんですか。そういうことを言ってるんです。長いものに巻かれるをよしとしているわけではないし、それは「無条件の服従」ということとは違う。中庸とか無難とか、まったくアサッテの方向でしか捉えてない。言ってることが表面的すぎます。

ルールは守った上で、少数派になったとしても言いたいことは言っていい。共感者を増やし流れを変えようとして、いい。ただし何をやってもいいというわけじゃない。たとえ正しい(と信じている)ことでもね。それこそが、卒業式で教えることのできる重要なことじゃないですか。

---
先に「困ったチャン先生に関るようなら転校させる」と書きましたが、あれは違いますね。転校なんてさせませんね。ルールすら守れない先生こそが退場すべきだ。先生にご退場いただくために、私は努力しますよ。

さてどんな努力をすればいいんでしょうか。世間知らずで夜郎自大なプチ権力者はなかなか手ごわい相手です。プチ権力者を野放しにしない組織、つまり、教育委員会に処罰を求めるでしょうね。ルールすら守れない教師をなんとかしてくれ、と。それが真っ当な手段でしょう。

さてここで振り返って思い出して見ましょう。教育委員会のやり方がひどいだとか処罰が重いだとか。本当にそうなのか。見えないところで、プチ権力者への被害報告があったのではないか。だからこそ見た目の現象より処罰が重いのではないか。その可能性は充分にありそうです。一事の現象だけでは判断できない報告があったかもしれない。もちろん、これは想像にすぎません。が、その可能性は踏まえておいていい。

と書くと誤解されること必定だから馬鹿丁寧に書いておきます。「東京新聞の言う『処罰が重い』というのは間違いである」とは言ってませんし、思いません。情報が足りない。だから安易に判断できない。少ない情報ではなんとも言えないということです。

少なくとも、今回の考察と体験から、教育委員会の果たす重要な役割について、認識を新たにしました。

---
metro>>
>> 私へは構いませんが、きちんと書いて下さってるほかの方に対してあんまり失礼な言い方はしないようにしてくださいね。それが出来ないようでは、たとえ何歳であっても子供扱いされても仕方ないですよ。

k>
> 残念ながら相手にあわせているだけですので、問題無い

失礼であるかどうかを判断する資格なぞ、最初からkさんにはありませんよ。そもそも表面的だなんだと失礼な切り出しを始めているのはkさんですから。

大人しく話をきいてみれば、表面的だと批判しながら、その言葉の内容ときたら底の割れた空っぽの空洞で、浅いという言葉すら通過してしまう何にもなさじゃないですか。もう少し勉強して出直してきてください。

いい大人が、ルールもわきまえずやりたい放題やってれば、その場からつまみ出されるのは当然の結果です。卒業式であれ、この場であれ、ね。もし次回、礼儀もわきまえないようであれば、つまみ出しますよ。もちろん、礼儀をわきまえてるかどうか、問題があるかどうかの判断は、この場の責任者である私が行います。責任をもったご発言を願いします。

k:

そうですね。確かに少なくとも一部に関しては僕の理解の浅かった部分があったようです。その点に関してはお詫びします。

>ルールは守った上で、少数派になったとしても言いたいことは言っていい。共感者を増やし流れを変えようとして、いい。ただし何をやってもいいというわけじゃない。たとえ正しい(と信じている)ことでもね。それこそが、卒業式で教えることのできる重要なことじゃないですか。

教育委員会の指示にしたかって無難な卒業式をしたとして、それが教えられると思っているのですか?ルールとはなんなのか、納得いかないならどうするべきなのか?現状で何ができるのか?従うこと従わないことでどうなるのか?そもそも卒業式とはなんなのか?儀式とはなんのか?自分が求めているものはどのようなものなか?それを知らずして、何も考えずにルールとやら通りに儀式を行うことで何かが教えられるとでもいうんですか?

貴方が国歌斉唱を支持するか否かなんて興味ありません。ルールには無条件に従うべきだという考え方を教育現場に持ち込もうとするのは賛成できないと言ってます。読解力が無いのはお互い様の様ですね。


「決まったら従う」というのは破りがたい原則のように思えるかもしれませんが、そんなことはありません。それを素朴に信じるだけでは、大日本帝国やナチスから何も学んでいないことになります。一度作られた選挙というシステムを完璧だと信仰するのは、民主主義などとは言いません。それは似非か衆愚制かのどちらかです。

統計を取ったわけではありませんが、貴方のような意見を持つ方はかなり多いでしょう。恐らく過半数を超えていると思います。それは、過去の教育の成果と言えるでしょう。自ら考えず体制に同調すること、既存のシステムを疑うことすら出来ない人間を大量生産することこそが、教育の主目的でしたからね。その状態の選挙に果たしてどの程度の意味があるんでしょうか?まずその点からして疑問です。だからこそ、自分で考え判断するということが必要なのですが、理解していただけないのかもしれませんね。現行のシステムの絶対性を前提にしてしか物事を判断しないから、話が表面的だと感じるんでしょう。こんなことを書くとまたテロリスト扱いされてしまうかもしれませんね。まぁ広義にはそうかもしれないし、貴方にはそうとしか理解できないのでしょう。残念です。


> 失礼であるかどうかを判断する資格なぞ、最初からkさんにはありませんよ。

なら、僕の発言が失礼であるかどうかを判断する資格が貴方にはあるのですか?
このBlogのホストだから、ここでは俺が正義だという理屈ならそれもありかもしれませんけどね。そう主張されるなら、ここはそういう場なんだなと認識することにします。

本題に関しては、特に意見はありません。

私が国歌斉唱を支持するかどうか興味が無いというのは、ごもっともです。私も、たんに話を分かりやすくするために持ち出しただけですから、勘弁してくださいよ。ていうか、ここは私の日記(に近いもの)ですが何か?

> なら、僕の発言が失礼であるかどうかを判断する資格が貴方にはあるのですか?

あります。ここは2ちゃんねるではありませんよ。そんなことも分からないというのが、子供だというんですよ。どれだけぬるま湯に漬かって生きてきたか、よくわかります。他家の葬式で喪主の意向を無視して勝手な振る舞いをしているのと同じですよ。というか、責任関係というものが分かってませんね。

# ああ、だから自分の学校の方針にも従わずかといって辞めることもせず、ルールを守れないことが当たり前なんだ!なるほど。あなたの言葉には一貫性があります、おっしゃることはよく理解できます。(が、それを認めることは決してありませんが)

私はいいたいことを言いましたし、あなたもいいたいことを言った。肝心の部分の回答が得られなかったことは残念ですが、それはもう言いますまい。

話の結論が出ないことは最初から分かっていましたので、あとは読む人が何かを思い、どちらの言い分が尤もだと思うか、判断をゆだねることでこの議論が意味あるものとして残るものだと思います。今後は同じ話の繰り返しにしかならないでしょう。ですからこのへんで、終わりたいと思います。よろしいですね。

k:

まぁ辞めたいと御主人様がご所望しているようなので、居候は従いましょう。

確かに僕は子供かもしれませんね。それでも良いです。
少なくとも市民失格で、良いとこ臣民の貴方よりは遙かにマシですから

帝国主義にナチスに衆愚制(民主主義)ですか。ずいぶんとイデオロギーにはお詳しいようですね。あれ?でも何か忘れてるような。なんだっけ?(笑

ああ、たしかに日の丸と君が代は良くない、というのは分かる気がします。あれですよね?卒業式にふさわしいのはトンカチと鎌ですか。

身元が分かると面白みも半減しました。

なんていうか、怒らせようと躍起になってるのかもしれませんが、滑稽ですよ。面白いゲストでした。もう書かないことだろうと思いますが、御礼を言っておきます。でも最後の一言は、余計ですね。言わなくてもいい。

まぁアレです、「自分の意見を容れないものは右翼」「自分の意見を受け入れないものは敵」「自分の意見を理解しないものは愚か」という、原理主義的態度に陥ってますよ。しかもテロ上等ときてはオウムと変わらない。恐いなぁ。

あと国粋主義だとかナチスだとか罵倒句が古臭くてリアリティがないのもなんとかしたい点ですね。まぁ思想自体、伝承してきた借り物だから仕方のないことですが。自分で考えることをやらないから、こんな素人相手に簡単に論破されてしまう。

臣民、の意味するところはわかりませんが、貴方のような思想的奴隷になるくらいなら、どんな罵倒句も受けましょう。あと、ここは大人の集まるところですから、もう来ないようにね。子供は帰った帰った。

(未成年=子供、じゃないからね。精神的子供だけ禁止ね)

尻薫:

なんか気付いたときには佳境に入ってたのでコメントは控えましたが、いちいち言ってる事が本人に帰っていくさまが面白かったです。

あとあれですね、市民失格って褒め言葉ですよねぇ。

市民失格!で、臣民(笑
用語がノスタルジックで泣かせる。
なーんか、10年20年、止まった時間の中で教義の中で暮らしてきたんでしょうな。でもって先生らしいよ(笑 子供たちカワイソー。

とくがわ:

もう見てないし書き込まないとは思うんですけど、
正直思うのは、ここに書き込んで何の意味あるのと。

仮にmetroさんの意見を翻らせることが出来たとして
世間の流れはそれで変わりますかね?
また読者はそれで賛同するでしょうか?

もし自分の意見を広めたいなら自分でサイトや
ブログをやって賛同者募ればいいと思うのですが。
私見に行きますよ。紹介してもいいと思います。

そういうつもりでなくて自分より頭が悪い相手を
狙っていじめてやろうとか思ってるとしたら…
大人とか子供とか以前の問題ですね。

尻薫:

教師の人たちは普段自分より頭の悪い相手に接してるってこと忘れてるんじゃないですかね。
それとも……、わかって利用してんだろうなー。

あと、一つ言いたかったのは
>そういう貴方は一体幾つの会社をご存じなんですか?
私は、12,3社程度しか内側からは知りませんが(w
どの会社とっても、起立したくねぇなんて言える会社はなかったですよ。
SCE様やバンダイ様の意向になんて、とてもとても逆らえないし。
ポールトゥウィン様の意向は、よく無視しましたが。

>とくがわさん

> 正直思うのは、ここに書き込んで何の意味あるのと。

ちょっとは意味がある、ということにしてください(笑

議論は、かなり意味があります。本人の意思を越えて意図や人となりがかなり伝わりますからね。残酷なまでに核心をさらしてしまう。

本人は言い勝ったつもりでも、冷静に判断されてしまう。「反論がないから俺が勝ってる」は通用しない。人となりも丸分かり。

そしてそれは、少なくとも私が生きている限り残り、もしかしたらそれ以上残るかもしれない。

無名ブログの1エントリの、しかもコメント欄なぞ、誰が見る?と思ってるのでしたら、それは大間違いです。現状、アクセスの過半数が検索経由で見られて、しかもトップページではなく個別ページを見ていることを考えると、知りたい人にはすぐ手の届く場所にある、とも言えるからです。もし仮に事件当事者にでもなれば、すぐさまアクセスは殺到することでしょう。(それは勘弁してほしいところですが)

まあ何も考えずに脊髄反射で書き込んだことは想像に難くないところではありますが。

> もう見てないし書き込まないとは思う

また、見にきますよ。たぶん。確信に近くそう思います。でも書きこま(め)ないと思いますが。削除もできません。

追記:連絡いただいた重複コメント削除しておきました。

> 尻薫さん

> 教師の人たちは普段自分より頭の悪い相手に接してるってこと忘れてるんじゃないですかね。
> それとも……、わかって利用してんだろうなー。

ですね。ユルイなあ。

真面目にやればとことんシビアな仕事だけど、舐めてかかればユルイ環境、というのは教師に限らずどの仕事も同じことでしょう。

多くの教師はそうでなく、シビアに真面目に仕事をしているのだろうとは思います。そういう多くの教師たちにとっても、こういう輩は面汚しでしかない。先生方にもきっと迷惑でしょうね。

とくがわ:

まずは重複削除ありがとうございました。
以後気をつけさせていただきます。

ちょっと言いたいことが伝わってなかったと思うので
補足をさせていただきます。

彼が何を目指してああいうことを書いたのか、という
「達成すべき目標」と「行動」が乖離しているという
点で「意味がない」と書き込んだわけで。
(まぁそこまで考えて書いてないと思うけれども)

達成すべき目標…日の丸や君が代の強制をなくす
行うべき行動…賛同者を募る、法改正を目指す
実際に行った行動…サイト閲覧者をむかつかせる

議論をすること自体には、周囲の動向に影響を
与えるという意味で、意味がないというのは
もちろんいいすぎですが。
そして今回の場合、彼に対するここを見に来た人の
印象が悪化した、という影響がありました。
マイナスじゃん。だめじゃん。

正直左派の人が行う痛い行動で、より左派から
人が離れているのを自覚してほしいです。ええ。

> とくがわさん
了解です。ちなみに、今のところ彼はまだ見に来てないようです。

「行儀が悪いとつまみ出すよ」というのは「削除するよ」ということだと思っての最後ッ屁のような書き込みなんでしょうが、勿体なくて消せませんねぇ。消されることより残されるほうが恥を晒し、ひいては左派の足を引っ張ることに貢献している、ってことに気がつかないあたりが軽率。実のところ、読み通りすぎて気持ち悪いくらい。それ以外もほぼ予想通りで、逆にちょっと寂しいですね。

ななみ:

ゴメンナサイ、今頃。たまたま見かけたので…。
kさんって、もしかして私の高校の先生のk先生じゃないかと思って。せっかく応援してあげようと思ったのにもう出てこないんですね。しかも思いっきり正体見破られてるし。ウ~ン、残念!
metroさん、すみませんでした。

コメントを投稿